講演1
肺がんの基礎知識
佐々木 治一郎 先生
北里大学病院 集学的がん診療センター センター長

肺がんは減りつつあるが依然として生易しい病気ではない

がん研究振興財団の2019年の報告によれば、わが国の年間の肺がん罹患者数は約12万2,000人、死亡者数は7万6,600人と推算されていますが、いずれも年々減少傾向にあります。また、肺がんの5年生存率は、2009~2011年に診断された登録患者さんでは約35%で、こちらも徐々に上向いています。それでも、部位別の予測がん死亡数では肺がんは男性で1位、女性で2位でした1)
がんの進行度はⅠ期相当の「限局」、リンパ節転移はあるが、遠くの臓器にはまだ転移していない「領域」、Ⅳ期に当たる「遠隔」の3段階に分けられます。限局の5年生存率は80%を超えますが、Ⅳ期では6.4%程度で、依然として肺がんが決して生易しい病気ではないことは理解する必要があります。なお、肺がんのリスク因子では、受動喫煙も含めて喫煙の影響がもっとも大きいと考えられています。

肺がんの疫学データ(2019)

がんの浸潤や転移にはドライバー遺伝子が関与する

がんは、がんに関連する遺伝子の異常が原因と考えられています。それらのうち、肺がんと関連する遺伝子としてはRAS、EGFR、MET、Mycなどが知られています。また、がん細胞の増殖を抑える遺伝子が壊れることでもがんを発症します。その可能性があるがん抑制遺伝子にはp53やRbなどがあります。そうした遺伝子の異常がいくつか重なると、がんの浸潤や転移が起きます。そこには遺伝子異常のリーダーシップをとる遺伝子があることもわかっており、それをドライバー遺伝子と呼びます。肺がんでは、ドライバー遺伝子になりうる遺伝子がいくつも見つかっており、現在開発が進んでいる分子標的治療薬のターゲットはそれらのドライバー遺伝子です。
肺がんはがん細胞の形態や特徴から、小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分かれますが、がん遺伝子の種類や特徴がわかってきたことで、小細胞肺がんや非小細胞肺がんの1種である扁平上皮がん、あるいはドライバー遺伝子異常の1つであるKRASの変異がある肺がんでは、喫煙との密接な関連が明らかになっています。

ドライバーがん遺伝子

病理診断や病期の判定等を経て治療方針が決められる

肺がんの診断までの流れをまとめると、まず検診などで咳症状や血痰があるとX線検査がおこなわれ、白い影があると肺がんが疑われます。次にCT検査とともに、気管支鏡で組織を採取し、病理診断がおこなわれます。そうした検査で肺がんと確定診断されれば、肺がんの進行度(病期)をPET検査やMRI検査、造影剤を使ったCT検査などで判定し、治療方針が決められます。さらに、ドライバー遺伝子の有無、転移や周囲の組織への浸潤の程度なども治療方針決定のための重要な情報になります。加えて、パフォーマンス・ステータス(PS)、いわゆる患者さんの状態も確認されます。そこには年齢、持病の有無、主要臓器の健康度なども含まれます。最近は同居家族の有無や経済的状況なども考慮されます。そのほか医療施設側の要件として、診断・治療機材の種類や性能、がんの専門医や専門チームの有無なども確認され、総合的に治療方針が決定されます。

肺がんの治療方針決定因子

標準治療はがんのタイプや進行度、患者さんの状態等で決まり、支持・緩和療法も併用される

肺がんの標準治療は小細胞肺がんか非小細胞肺がんか、また手術をするかしないかで変わってきます。小細胞肺がんで手術となった場合は必ず薬物療法を併用します。一方、手術はしないけれども限局の場合は放射線治療と薬物療法、Ⅳ期の進展型では薬物療法が主体になります。限局型では根治を目指し、進展型では延命とQOL(生活の質)の維持が治療目標になります。
非小細胞肺がんでは、手術する場合は患者さんの状態によって薬物療法の補助も考慮します。しかし手術しない場合は放射線治療と薬物療法の併用を考え、それらが有効と考えられなければ薬物療法が中心になります。なお、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、いずれの場合であっても、支持・緩和療法はおこないます。

小細胞肺癌に対する標準治療
非小細胞肺癌に対する標準治療

薬物療法の内容は最終的にドライバー遺伝子異常の有無で決まる

薬物療法で用いられる治療薬は、細胞障害性抗がん薬と呼ばれる抗がん剤と分子標的治療薬に大別されます。新しい治療薬である免疫チェックポイント阻害薬も、特定の分子に働くという意味で、分子標的薬の一つと考えることもできます。肺がんの薬物療法の基本戦略は、①小細胞肺がんか非小細胞肺がんか、②扁平上皮がんか非扁平上皮がんか、③ドライバー遺伝子異常があるかないかで決められます。非小細胞肺がんかつ非扁平上皮がんでドライバー遺伝子異常がない場合は現在、初回治療で放射線治療をおこなうⅢ期と切除不能で薬物療法単独のⅣ期のほとんどで免疫チェックポイント阻害薬が選択されます。しかし非小細胞肺がんかつ非扁平上皮がんでドライバー遺伝子異常がある場合は、標的となるドライバー遺伝子の種類によって治療薬が決められます。

肺がん薬物療法の基本戦略

肺がんの治療では「早期の緩和ケア」の導入が非常に重要

肺がんの治療では、「早期の緩和ケア」の導入も重要と考えられています。進行非小細胞肺がんの患者さんを対象とする臨床試験でも、「早期の緩和ケア」の導入でQOLが有意に向上し、生存期間も延長されることが報告されています。「早期の緩和ケア」では、協働包括的緩和ケアチームが組織され、患者さんとの関係性が構築され、症状の適切なコントロールとコーピングへの支援がなされることが大切です。コーピングとは、患者さん自身がストレスに対処するためにとる行動のことです。さらに、病状や予後に対する患者さんの理解を深め、がん治療に関する意思決定支援、生活支援、終末期医療の計画などがおこなわれると、余命がさらに延長される可能性があることもわかっています。こうした情報は、日本肺癌学会が作成した「患者さんのための肺がんガイドブック」にも記載されています。同じ内容を日本肺癌学会のホームページでも確認することもできるので、ぜひ参照していただきたいと思います。

参考:

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