講演:近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 主任教授 中川和彦先生
講演
近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 主任教授
中川和彦先生

肺がんの治療選択 ~情報に振り回されないために~

より効果が高く副作用の少ない治療法を求めて

今日は、私たち腫瘍内科医が専門とするがんの薬物治療についてお話しします。
抗がん剤治療は苦しい副作用との闘いと思っておられる方もまだ多いでしょう。近年のがん治療は目覚ましく進歩しています。治療効果の面でも遺伝子の解析などで病態の解明が進み、治療薬のラインナップが増えています。また、副作用も支持療法などさまざまな対策がなされるようになり、QOL(生活の質:Quality of Life)を保ちながら治療を行うことができるようになってきました。外敵と認識できる細菌やウイルスと異なり、がん細胞は自分の細胞がほんの少し変化したものであるため、それらを正しく見分けて攻撃することが容易ではありません。
以前からある殺細胞性抗がん薬は、がん細胞の増殖が正常細胞に比べて速いという相異点に着目し、増殖が速い細胞に対してより強い攻撃をおこないます。そのため、正常細胞の中でも新陳代謝が活発な、つまり細胞増殖が速い、毛根細胞や口や消化管などの粘膜細胞、血液を作る骨髄細胞なども攻撃の的となり、それらの細胞が関連する部位に副作用が出るのです。
長年、こうした副作用の発現機序や発現時期などが詳細に研究されてきたため、現在では、こういった副作用に対しても、事前準備や支持療法などで軽減できるようになってきました。
また、その一方で、がん細胞をよりピンポイントで攻撃できる、効果が高く副作用が少ない薬を開発するために、がん細胞と正常細胞の詳細な違いについての研究が世界中で進められました。

がん細胞の特徴を遺伝子レベルで解明し、治療に活用するゲノム医療

がん細胞が正常細胞より増殖が速いという背景には遺伝子の変異がありますが、現在では、その遺伝子が特定されつつあります。特に肺がんに関係する遺伝子変異がたくさん明らかになってきました。このように患者さんのがん細胞の遺伝子異常を調べ、治療方針や薬剤選択などに活用したりすることをゲノム医療と呼び、肺がん治療がその先駆けとなりました。

がん細胞の遺伝子を標的にする分子標的薬の治療モデルは、肺がん治療から

新しい抗がん剤として登場した分子標的薬は、がん細胞に特徴的な分子をねらって攻撃するように設計されています。
肺がん治療の最初の分子標的薬はEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(以下、EGFR阻害薬)で、90年代後半に臨床試験が始まりました。2010年には、肺がんの治療ガイドラインでも、EGFR遺伝子変異が陽性の患者さんの初回治療にEGFRチロシンキナーゼ阻害薬が推奨されることとなりました。

非小細胞肺がんと診断されたらまず遺伝子検査でドライバー遺伝子の検索を

このように、細胞増殖のスイッチをONするよう変異した遺伝子をドライバー遺伝子といい、現在肺がんでは、EGFR遺伝子、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子などが確認されています。
2019年の肺癌診療ガイドラインでは、非小細胞肺がんと診断されたら、まず遺伝子検査でドライバー遺伝子の変異の有無を調べ、それに合った分子標的薬を選択するよう推奨されています(図 非小細胞癌の個別化治療)。

図 非小細胞癌の個別化治療(中川和彦先生ご提供)

図 非小細胞癌の個別化治療(中川和彦先生ご提供)

がんゲノム医療は国策として推進中

2015年、米国では、がんゲノム医療(図 がんゲノム医療とは?)が国家的に推進されるようになりました。同年、日本でもゲノム医療実現推進協議会を設置、「がんゲノム医療実用化に向けた工程表」が策定されました。全国で11施設のがんゲノム医療中核病院、211施設のがんゲノム医療連携病院が設定されています(平成31年4月1日現在)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin.html)。そして、ゲノム医療に関わる複数遺伝子を一気に調べる遺伝子パネル検査が2019年から保険診療でできるようになりました。
今後も、がんゲノム医療が推進することによって、より効果的で安全性の高い治療法が登場することが期待されています。

図 がんゲノム医療とは?

図 がんゲノム医療とは?

あふれる情報に振り回されないために、情報の質を見極める

最後に、「情報に振り回されないために」というお話です。
大切なのは下記の3つです。

あふれる情報に振り回されないために、情報の質を見極める

この中で大切なのは「情報の質」です。情報にはいろいろなレベルのものがあります。信頼性の高い情報からまったく信頼性のない情報までさまざまです。
1人や数人の治療結果や効果を報告する症例報告は、効果などが顕著な症例を取り上げていることが多く、信頼性の高い情報とは言えません。
より高い信頼性が求められる臨床研究の中にも多様な試験方法があります。
過去の臨床データを集めて分析する後ろ向き臨床研究が最も多いです。先に試験計画を設定してそれに従って登録患者さんの経過をすべて記録して分析する前向き臨床研究(これを臨床試験と呼びます)はお金と労力がかかりますから情報量はずっと減ります。この前向き臨床研究のなかでも従来の治療薬(または治療法)と新しいものを比較する比較臨床試験の信頼性は大変高くなります。その中でも、試験に参加している患者さんが新旧どちらの薬(または治療法)を使用しているのか、患者も主治医さえも知らされていない二重盲検比較試験は最も質が高く、信頼性も高いとされています。
今、目にしている情報がどのような方法で得られた情報なのか、信頼性の尺度を知っていると振り回される危険が少なくなります。

信頼できる医師に相談しましょう

一般の方が情報の信頼度を確認するのは難しいかも知れません。そんな時は、医師に相談してください。セカンドオピニオン外来もどんどん活用してください。
しかし、その時にご理解いただきたいことは、医学は不確実性なものだということです。
患者さんやご家族は、「この治療を受ければ必ず治ります」「絶対、大丈夫です」という言葉で安心を得たいと思いますが、100%効果のある治療法や100%副作用のない治療法はありません。
その上で、身近にいる医師や看護師らの力を借りて、より良い治療・方法を相談していただければと思います。

信頼できる医師に相談しましょう