話し手:よう子 さん

2016年2月に肺腺がんと診断されて以降、精力的に治療を続けていらっしゃいます。ブログでは治療経過を中心に、学会などへの参加や患者会での交流などについてもつづられています。

肺腺癌患者のブログ~ガンとの共存を目指して~

ステージⅠBの肺腺がんと診断された

-ご病気の診断までの流れを教えてください。

私は教師の仕事を長年続けてきました。相手がある仕事ですので、なかなか急に休むことができません。そこで年1回程度、人間ドックで健診を受けるようにしています。2016年1月のことです。そのときも、いつものように人間ドックで種々の検査を受けました。その後職場に戻ったのですが、仕事中だったため、緊急の連絡が携帯電話に何度も入っていたのに気がつきませんでした。そこで帰宅後に病院へ電話をしたところ、X線検査で肺に異常が見つかったので、すぐに病院で再検査を受けるようにと言われました。早速大きな病院を紹介していただき、翌週にCT検査をおこないました。その結果、肺がんの疑いがあるとのことで、さらに詳しい検査が必要といわれました。そこで2月の初めに内視鏡で組織を採取し、病理検査をおこないました。その5日後にPET-CT検査もしました。

-どのような結果だったのですか。

ステージⅠBの肺腺がんと診断されました。腫瘍が2~3cmで少し大きくなっているとのことでした。心臓の裏側にあるため、通常のX線検査では初期の病変を見つけるのが難しかったのだろうと言われました。そのとき、主治医はⅠBだからすぐに切除したほうがよいと考えられたようで、その日のうちに手術の日取りも決まりました。ステージⅠBであれば再発率は25%、5年生存率も70~80%と言われましたので、少し不安はありましたが、主治医の方針にお任せすることにしました。

術後10カ月目に再発が見つかる

-それで手術をされたわけですね。

はい。確定診断2週間後の2月24日に手術をおこない、腫瘍はすべて切除できたと言われました。ただ、再発の可能性は排除できないとのことで、術後補助化学療法を開始しました。その後は腫瘍マーカーの変化を確認しながら経過観察となったのですが、8月ごろからマーカーが少しずつ上がり始め、術後10カ月目の12月末に、CT検査で縦隔リンパ節と肺門リンパ節の2カ所に再発が見つかりました。まさか自分自身がステージⅠBの再発率25%の中に入るとは思っていなかったので、ショックでした。初発時よりも、再発時の方がショックであったことを今でも覚えています。忙しくしているときは何ともないけれど、ふとした時に、突然涙が流れることがよくありました。それまで、あまりがんについて勉強もしていなかったのに、そこからはたくさんの本を読みあさりました。主治医の話ではまだ次の治療の選択肢がいろいろあるとのことでしたので、徐々に気持ちを切り替えました。

-再発後はどのような治療を選択されたのでしょう。

主治医には、選択肢を2つ提示されました。1つ目として根治治療としての放射線治療+白金(プラチナ)製剤を用いた化学放射線療法による治療、2つ目はEGFRチロシンキナーゼ阻害剤(以下、EGFR阻害薬)でした。この治療では根治はめざせません。再発する可能性や、副作用、治療スケジュールなどを考慮した上で、私は仕事を続けたい、今の生活を続けたいという思いから、EGFR阻害薬での治療をしたいと主治医に伝えました。

-仕事を続けながら治療をされたわけですね。

はい。しかし翌2018年の4月ごろから、またマーカーが徐々に上がり始めました。EGFR阻害薬の種類はいくつもありますが、今回選択した薬剤の治療では1年~1年半ぐらいで効かなくなる人が多いと聞いていました。それでも、当初はマーカーが下がっていましたので、すぐに効かなくなることはないのではないか、と期待を持っていました。しかし、治療を始めて1年以上経過したときに、3カ月連続でマーカーが上がってきたときは、さすがにあやしいと思いました。

私は肺腺がんと診断され、治療を開始したときから、「最善を期待して、最悪に備える」を心がけてきました。主治医の先生方を信じつつ、病状の変化を受け入れ、いつでも次の手を選択できるように心の準備をしておこうと考えたのです。そのため、がんのことをたくさん勉強しましたし、自身が選択した治療がいつか効かなくなることも理解していました。それでも、再発したのではないかと思うと、つらいという感覚はないのですが、突然涙が流れることがよくありました。結局、「最悪に備える」ということを念頭に何度も自問自答し、気持ちが少し落ち着いてきたときに、私のほうからCT検査を主治医にお願いしました。その結果、肺の2カ所に再再発が見つかり、脳転移も指摘されました。「ああ、やはり・・・」と思いながらも、そのときも大きく落ち込みました。

周囲の支えで治療を継続できている

-治療をつづけていらっしゃるその原動力は何でしょう。

まず、夫、子供たち、友人、職場の仲間、そして患者会など、周囲の皆さんの支えです。夫は私以上にがんのことを勉強していて、いろいろ助言してくれます。私はブログを書いていますが、それも夫に背中を押されて始めました。他の患者さんの参考になるように、自分の生活だけでなく、がんとその治療についても情報が必要とされているのではないかと言われ、少し日が空くと、書き続けなければだめだと叱られます。時には面倒に思うこともありますが、書くことで治療の経過や自分自身の気持ちの変化を振り返ることができるので、それも治療へのモチベーションを維持する力になっています。

それでも治療による効果が期待どおり得られなくてすごく落ち込んだり、副作用がきつくて治療がしんどくなったりするときもありました。そんなとき私は、なるべく予定をいっぱい入れて、家族と過ごしたり、友達と会う約束をしたりしていました。ぐーっと落ち込んでしまうのではなくて、あえて忙しくすることで気を紛らわしたり、人と過ごすことで病気のことを考えないようにしたりするなどの工夫をしていました。

-職場ではどのようなご苦労がありましたか。

がんは一度寛解しても、再発予防のためにずっと治療を継続することがほとんどです。そのため、病気による様々な不具合を職場の方たちに理解していただかなければ、仕事を続けられません。私は自分の病気のことを、正直に職場の人たちに伝えました。そして、「しんどいときは、助けてね」とお願いしました。幸いにも、校長先生をはじめ、皆さん理解してくれたので、仕事を続けることができました。低学年を受け持っていたので、体操も教えなくてはいけなかったのですが、体力的に無理なときは、別の先生に替わってもらいました。ただ、がん患者さんのだれもが、私のように恵まれた職場環境にあるとは思えません。がんを発症すると、以前とは同じ生活には戻れないこと、それでもできることはたくさんあることを理解していただき、働ける環境を整えてくださることを社会全体にお願いしたいと思います。

患者会の存在に、支えられています

-患者会にも支えられているとおっしゃっていましたね。

患者会に参加して、本当に救われています。夫も子供も友人たちも、がんにかかっているわけではないので、がんのことはあまり話せません。患者会では、肺がんという同じ病気を抱えた仲間の集まりですので、同情抜きで症状のこと、治療のこと、副作用のことなど何でも話せますし、肺がん患者連絡会を通じて情報が連絡網のように流れてきます。また新しい情報も得られます。実は、再再発の部分までお話をさせていただいておりますが、その後も何度か治療変更をしております。その際に、次の治療を選択できたのも患者会のおかげです。

漫然と生きていたときより、やらなければならないことが増えた

-現在はどのように生活されていますか。

2018年12月からスタートした治療は、2020年4月のCT検査で腫瘍が再び大きくなっていることがわかり、その時点で終了しました。その次の治療は、2週間の入院治療を4回繰り返す白金(プラチナ)製剤を含む2剤併用療法でした。ところが、このときの治療では、効果が十分に得られませんでした。副作用よりも薬が効かなくて腫瘍が大きくなることや、再発することのほうが私にとってははるかにつらいことです。

私はがんと闘うというより、「あってもいいから、もう大きくならないでね」「薬で治まってね」とがんに寄り添うように治療を続けてきました。この治療の次はこれ、その次はこれと常に前向きに治療を続けてきたつもりです。

2020年10月末から、私は治験に参加しています。「最善を期待して、最悪に備える」。今もその気持ちに変わりはありません。この治療が効いて、腫瘍が小さくなることを願っています。

-病気になる前と今で気持ちの変化はありますか。

がんを発症する前は、老後はどうなるのか、私たちの世代は年金をもらえるのかなど、将来のいろいろなことを考えていましたが、今は先のことはあまり考えなくなりました。病気になってからは、やはり死を意識するというか、桜が咲いた、あと何回見られるだろう、と思うことはあります。紅葉がきれいになってきて、それまでは今年もきれいだな、ぐらいだったのが、何回も見ておこうとか。その季節を楽しんだり、月がきれいだなと思ったり、そういう日常を今まで以上に楽しもうという思いが強くなりました。

なかなか会えなかった友だちに、勇気を出して会いに行ったりもしています。「まあいいや、いつか会える」みたいな気持ちから、「今会っておこう」というような気持ちになりました。後は、断捨離ですね。家の中をきれいにしておこうとか、要らなくなったものは惜しまずに捨てようとか、漫然と生きていたときよりやらなければならないことが増えてきた。それはすごく変な話ですが、がんになったからだなと思います。

がんを受け止め、楽しみを見つけて生きる

-これまでの治療経験の中で、こういうものがあればよかったと思われることはありますか。

一番欲しかったものは「正しい情報」です。いつも「正しい情報」を求めていました。がんが再発したときは本を読みあさりました。食事療法なども、できそうなことはやってみました。しかし、何が正しいのかはさっぱりわかりませんでした。たとえば、標準治療といわれても、それが最も信頼のおける治療方法だということは理解が難しかったです。ネットや本の題名はとても魅力的に感じるのに比べ、学術的な表現は一般のわれわれには理解が難しく、もっとわかりやすいものはないのかと思うことがあります。患者会や先生方との会話の中で少しずつ正しい知識を得ましたが、もっと早く正しい情報に行き着きたかったと思っています。すべてのがん患者さんが不安なく治療を受けられるように、前向きに生きていけるように、整理された正しい情報を幅広く得られる環境を整えていただきたいと思います。

-これからの目標、やりたいことはありますか。

昨年は市民公開講座でお話をさせていただきましたし、また,昨年末には、テレビの取材も受けました。今後もブログは続けていきますし、いろいろな機会を活用して、どうしたらがんを抱えていても明るく力強く生きていけるのかを、私の経験を含めて情報を発信し続けていきたいと思います。

-最後に、患者さんやご家族にメッセージをお願いします。

私は「おかれたところで咲きなさい」「小さき花は小さく咲かん」という言葉をいつも頭の片隅に置いています。これは、大学時代の恩師の言葉です。人と比べて自分は違うと悲観するのではなく、自分の置かれた状況を受け入れ、そこで自分のできることを精一杯しながら生きるということです。がんであることを受け入れるのはとても時間がかかりますし、周りの方のフォローも大切だと思いますが、なってしまったことを自分なりに受け止めて、新たな一歩を踏み出すことがより大事だと思います。人である以上、いつかは必ず死が訪れます。がん患者の皆さんには限られた時間を嘆いて過ごすのではなく、一つでも多くの楽しみを見つけてほしいと思います。楽しいと思って過ごすことが、がんを克服することにつながると私は思っています。