市民公開講座 - 2023年11月開催(東京・オンライン)
講演2
2.肺がん治療薬の副作用とその対処法

河原 陽介 先生
JR東京総合病院薬剤部 薬剤師
分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬にも副作用はある
抗がん剤(化学療法)には副作用のリスクが常にあり、その種類は抗がん剤個々に異なります(図1)。たとえば、がん治療で長年使用されてきた殺細胞性、あるいは細胞傷害性と呼ばれる、がん細胞を直接攻撃する治療薬で現れる吐き気や脱毛、白血球減少、しびれ、下痢、口内炎などの副作用が、一般的に抗がん剤の副作用と聞いてイメージされるものだと思います。
一方、近年のがん治療で使用機会が増えている分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬にも副作用がないわけではありません。分子標的薬は、がんの増殖に関連するたんぱく質の分子(マーク)を攻撃する薬剤です。ただし、そうした分子はがん細胞だけではなく我々の身体の細胞にも存在するため、分子標的薬はそこにも影響を与えます。そのため、皮膚障害、高血圧、血栓症、間質性肺炎、投与時反応といわれる点滴中のアレルギーのような症状などがみられます。それらの多くは専門医による治療が必要ですが、比較的高頻度に起きる皮膚障害は患者さんご自身でもある程度対処が可能なので、その管理法を覚えておくとよいと思います。

分子標的薬による皮膚障害は症状の種類によって起きる時期が異なる
分子標的薬による皮膚障害は、大きく分けるとざ瘡様皮疹、皮膚乾燥症、爪囲炎の3つが考えられます。
そのうち、ざ瘡様皮疹はニキビのような皮膚症状です。顔や首、前胸部などに起こりやすく、人の目に触れやすいため患者さんにとってはとても気になる症状と思われます。分子標的薬の服用開始1~2週間後あたりの比較的早い時期に起きやすい傾向にあります。
皮膚乾燥症は乾燥肌のような症状で、皮膚が乾燥してかゆみを伴います。分子標的薬の開始後3~5週間あたりに起こる可能性があります。
爪囲炎は爪の周りの炎症です。赤い腫れや痛みを伴い、足の爪に起こると歩きづらくなることもあります。分子標的薬の開始後1~2ヵ月あたりの比較的遅い時期に起きやすいといわれています1)。
皮膚障害の対処法のポイントは皮膚の清潔、保湿、物理的刺激の回避
分子標的薬による皮膚症状は重症化すると対処が難しくなるため、予防がより大切です。予防策の基本は、日ごろから皮膚を清潔に保つこと、保湿をすること、そして物理的刺激をできるだけ避けることです(図2)。清潔に保つためには、まずは手洗いです。市販のものでよいのでハンドソープも使いましょう。また、手洗いだけでなく日々の入浴も大切です。洗う際には、石鹸をよく泡立ててから優しく洗い、皮膚だけでなく、爪のケアもしてください。
洗った後は手が乾燥しないように、保湿剤を塗ることも大切です。保湿剤も市販のもので問題ありません。なお、ハンドクリームなどを塗るときの適量の目安は、人差し指の第一関節の長さです。それが両掌を1回塗るときの目安ですので、手の甲や足の裏に塗るときもその量を参考に調整してください。そのほか、症状の程度によっては内服の抗生物質やステロイドを含む軟膏なども使用します。事前にお薬の処方を受けておく、あるいは早めに主治医に相談するとよいと思います。また、保湿については保湿剤だけでなく、特に乾燥しやすい冬場は室内の加湿も効果的です。
物理的刺激については、いくつか工夫が必要です。まず、かゆみが出てもかかないようにすること、こすらないことです。また、室内であっても手袋や靴下の着用をおすすめします。そのほか、なるべく身体を締め付けない衣服を選ぶこと、紫外線も刺激になるため日焼け止めを使用すること、アルコールフリーや弱酸性など刺激の少ない化粧品を選ぶことも大切です。男性の場合は、髭を剃る際にT字型のカミソリでは皮疹が出たときに出血しやすいので、電気カミソリがよいでしょう。なお、いずれの皮膚症状も重症化した場合は、迷わず皮膚科の先生に相談してください。

免疫チェックポイント阻害薬の副作用は自己免疫疾患のような症状
免疫チェックポイント阻害薬の副作用もさまざまですが、多くは免疫関連有害事象です。免疫関連有害事象は、自己免疫疾患と呼ばれる病気とよく似ています。自己免疫疾患は自分自身の免疫が過剰に働いて正常な臓器を攻撃して起こる病気で、関節リウマチなどがよく知られています。免疫チェックポイント阻害薬も必要以上に自分の免疫を活性化させることがあるため、全身の至るところでさまざまな症状を起こす可能性があります。たとえば、呼吸器系の免疫関連有害事象である間質性肺炎は、命にかかわることもあるので注意が必要です。間質性肺炎の初期症状は息切れ、徐々にひどくなる咳、風邪様症状です。
免疫チェックポイント阻害薬の免疫関連有害事象は重症化させると対処が難しくなることもあるため、服用初期から、これらの症状を見逃さないように十分に注意することが大切です(図3)。

副作用を理解した上で治療の判断を
私は病院に勤める病院薬剤師です。病院薬剤師が抗がん剤治療について説明するときは、副作用の説明に一番時間を割いています。副作用が起こる可能性を理解した上で、治療を受けるかどうかを決めていただきたいと思うからです。
当院には薬剤師外来と呼ばれる機能もあります。ここでは抗がん剤治療、特に内服の抗がん剤治療をおこなっている患者さんとの診察前面談が主な業務です。その際は、お薬をきちんと飲めているか、どのような症状でどのようにお困りかなどもお聞きし、副作用の初期症状を見逃さないようにすることも心がけています。それが、副作用の軽減にもつながると考えています。
抗がん剤治療を乗り切るために薬剤師も味方にしてほしい
近年の肺がん治療では、根治手術のあとの術後補助療法の内容も多様化しています。ただ、術後補助療法の内容を問わず、決まった量のお薬を決まった期間使うことが常に重要です。治療中断の理由の多くは、副作用のマネジメント不足だと思うので、そうならないように薬剤師の視点でサポートしていきたいと考えています。本セミナーのタイトルは「いきる『みかた』を見つけるオンラインセミナー」です。抗がん剤治療を乗り切っていただくために、薬剤師もみなさんの「味方」に加えていただき、頼っていただければ幸いです。
- 1)静岡県立静岡がんセンターホームページ「抗がん剤治療と皮膚障害」を参考に作成(2025年4月閲覧)
2023年11月19日市民公開講座当時の内容です。
2025年5月掲載