遺伝子検査の推奨度

主な肺がんの遺伝子変異と遺伝子変異検査について

肺がんと遺伝子変異の関係

日本における肺がん罹患数は、2021年の予測値で127,400人とされており、非小細胞肺がんの患者さんは肺がん全体の90.3%を占めます。非小細胞肺がんには原因となるような遺伝子異常が知られています。EGFR遺伝子やKRAS遺伝子の変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子がその代表ですが、これらの遺伝子異常は両親から遺伝されるものではなく、お子さんに受け継がれるものでもありません。がん細胞だけにみられる異常です。

代表的な遺伝子と遺伝子変異とは?

EGFRは、がん細胞が増殖するのに必要な信号を細胞内に伝えるタンパク質で、がん細胞の表面にたくさん発現していることが多く、このタンパク質からの信号が細胞内に伝わるとがん細胞が増殖します。
EGFR遺伝子変異は、欧米人よりも日本人の非小細胞肺がんの患者さんに多く、全体の30〜40%に認められます。

EGFR阻害剤の働くしくみ

ALK融合遺伝子とは、何らかの原因によりALK遺伝子と他の遺伝子が融合することでできる特殊な遺伝子のことです。ALK融合遺伝子があると、この遺伝子からできるタンパク質によってがん細胞を増殖させるスイッチが常にONになった状態になります。ALK融合遺伝子が発見される頻度は非小細胞肺がんの約3〜5%です。

ALK阻害剤の働く仕組み

ROS1融合遺伝子は、ROS1遺伝子とさまざまな遺伝子が融合したものです。この組み合わさったROS1融合遺伝子からできるタンパク質により、がん細胞を増殖させるスイッチが入り、がん細胞が限りなく増殖してしまう働きがあることがわかってきました。
ROS1融合遺伝子が発見される頻度は非小細胞肺がんの約1〜2%です。

ROS1阻害剤の仕組み

BRAF遺伝子変異は、細胞増殖を促す信号の通り道であるRAS/BRAF/MEK/ERK経路の途中にあるBRAFという分子の遺伝子が変異したものです。特にV600E変異が非小細胞肺がんの発生と増殖に関係しています。BRAF V600E変異の発見される頻度は、非小細胞肺がんの約1〜3%です。

RET融合遺伝子は、2012年に日本で確認された肺がんのドライバー遺伝子で、がんを引き起こすRET遺伝子に KIF5B 遺伝子が融合したものです。RET融合遺伝子からつくられるタンパクは、チロシンキナーゼというがん細胞の増殖を促す酵素を活性化することで、がん細胞を増殖させます。RET融合遺伝子が発見される頻度は、肺腺がんの1~2%です。

MET遺伝子は、RAS/MARK、Rac/Rho、PI3K/AKTの伝達経路に関連します。MET遺伝子の発がん性変異や過剰発現等によって、がん細胞の増殖が生じます。2006年にはMET遺伝子を活性化してがん化を促進する「METエクソン14スキッピング変異」が報告されました。MET遺伝子が発見される頻度は肺腺がんの3~4%、扁平上皮癌の1%です。

NTRK融合遺伝子は、何らかの原因でNTRK遺伝子と他の遺伝子が融合したものです。NTRK融合遺伝子から異常なタンパクがつくられると、がん細胞が増殖するためのシグナルが出続ける状態となり、がん細胞が増殖をします。NTRK融合遺伝子が発見される頻度は、非小細胞肺がんの約1%です。

KRAS遺伝子は、細胞増殖のシグナルを核に伝達する重要な役割を果たすタンパクを作り出す遺伝子です。変異が起こると、異常のあるタンパクがつくられ、必要のないときにも細胞が増殖し、がんが発生しやすくなります。KRAS遺伝子変異が発見される頻度は、肺腺がんの約10%です。

遺伝子検査の普及

日本肺癌学会では、肺癌診療ガイドライン2022年版の中で、非小細胞肺がんの治療方針の決定の際にEGFR遺伝子や、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子、MET遺伝子など「ドライバー遺伝子」の変異の有無を調べる検査をおこなうことを推奨しています。遺伝子変異検査において同学会では、まずEGFR遺伝子について、「肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の解説」(2009年3月、第1版)を作成し、その後「肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き」(2021年12月、第5.0版)として作成しています。また、BRAF遺伝子についても、「肺癌患者におけるBRAF遺伝子検査の手引き」(2018年4月)を作成し、EGFR遺伝子変異検査、BRAF遺伝子変異検査の普及、標準化に努めています。

一方、融合遺伝子の検査も普及しつつあります。

融合遺伝子検査において日本肺癌学会では「肺癌患者におけるALK融合遺伝子検査の手引き」(2021年10月改訂)、「肺癌患者におけるROS1融合遺伝子検査の手引き」(2017年4月)を作成し、その標準的な手順を示しています。さらに、MET遺伝子検査の手順として「肺癌患者におけるMETex14 skipping検査の手引き」(2020年9月)も作成されました。
現在では患者さんのがん細胞からALK遺伝子、ROS1融合遺伝子、RET 融合遺伝子をはじめとした 21遺伝子について一度に調べることができる遺伝子検査法も、治療を選択するための「コンパニオン診断薬」として承認されています。

これらの検査は、患者さん一人ひとりに最も適した治療法を検討するうえで欠かせない検査です。非小細胞肺がんと診断され、薬剤による治療を行うことになった場合には、遺伝子の変異を調べることで、最も適した治療法を選択することができます。

治療薬や治療法について

遺伝子検査により、それぞれの遺伝子異常に応じた薬剤を使って治療を行います。

進行期の肺がん患者さんでEGFR遺伝子変異が見つかればEGFR阻害薬、ALK融合遺伝子またはROS1融合遺伝子が見つかればALK阻害薬を使用します。KRAS遺伝子の変異があれば、KRAS G12C阻害薬を使用します。また、BRAF V600E変異が見つかった場合にはBRAF阻害薬とMEK阻害薬を一緒に投与します。MEK阻害薬とは、細胞の増殖を促す信号の通り道であるRAS/BRAF/MEK/ERK経路の途中にあるMEKという分子の働きを阻害する薬剤で、BRAF阻害薬と一緒に投与することにより、がんを小さくする効果が高まります。

これらの遺伝子変異が見つからない場合には、従来から使用されている抗がん剤を使って治療をおこないます。

化学療法(抗がん剤治療)の役割

参考:
・国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
・国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録2020年全国集計報告書」
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2022年版, 金原出版株式会社
・日本肺癌学会バイオマーカー委員会編:肺癌患者における METex14 skipping 検査の手引き
・医薬品医療機器総合機構:コンパニオン診断薬等の情報(令和4年6月21日版)

監修:日本医科大学 呼吸器内科
 臨床教授 笠原寿郎先生